夏の空を仰ぐ花

会いたくて

『……翠じゃないか。何やってるんだ』


おそらく、あれは父だったんじゃないかと思う。


そこはまっ白な、ただっ広い無機質な空間だった。


ほこりひとつ見当たらない、のっぺりとした不思議な空間だった。


『ここで何してるんだ。何でここに来たんだ』


あたしはそこに突っ立って、放心状態のまま辺りをぐるりと見渡した。


でも、頭上に響く声はいやに鮮明で、だけど、人影なんてない。


『ダメだ、ダメだ。今すぐ帰りなさい』


一刻も早く帰りなさい。


その声は、妙に懐かしくて、極寒の中で飲むホットココアのように優しい声だった。


『ここは、お前が来るようなところじゃない。ここに、お前の居場所はないんだよ』


懐かしさのあまり、胸がいっぱいで声なんて出せなかった。


『さあ、帰りなさい。みんなが、待っているよ。大丈夫、今なら間に合う。急ぐんだ』


父以外には考えられなかった。


『ここに長く居たら、帰られなくなるぞ。行きなさい、早く。さあ、翠』


どうしても、父の他は考えられなかった。


『大丈夫。きっと、また会えるから』


生前、父は一度だって嘘を付いた事がなかった。


だから、あたしはその声に背中を向けて、


「うん!」


無我夢中になって、まっ白な道なき道を引き返した。


全速力で、必死に走った。


……怖かったから。













浦島太郎って、愚かなやつだと思う。


でも、あたしもいつか「竜宮城」に行ってみたいとは思う。


嫌な事も時間も忘れて豪遊してしまう「竜宮城」って、どんなとこなのか興味がある。


一度は行って、この目で確かめてみるくらいの価値はあるんじゃないかと思う。


戻ってみたら、そこはもう別世界で、幾年も歳月を経ていて。


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