夏の空を仰ぐ花
「もう、会えないって思ってたから」


テレビに映る補欠は知らない人みたいにかっこよくて、遠くに遠くに感じて。


もう、あたしなんかはつり合わないような気がして。


どんなに手を伸ばしても、届かない。


届いたとしても、触れてはいけない気がしたから。


ポロシャツをたぐい寄せて声を殺して泣くあたしに、補欠は少し焦りを交えた優しい声で言った。


「分かったから。もう、いいから」


まるで、背中をさする優しい手のひらのような声だった。


その直後、補欠がくれたキスはあたしの体を支配していた恐怖を、少しずつ浄化していった。


「寂しい思いさせてばっかでごめんな」


「……」


「野球部引退したら、毎日、一緒にいような」


ウン。


コクリ、と頷き返すのが精いっぱいだった。


「遊びに行きたいとこ、考えとけよ」


いいの?


「引退したら、おれ、たぶん、翠の言いなり」


可笑しそうに、補欠が笑った。


「それなりに覚悟してるから。わがまま、全部きいてやる」


補欠は、それでいいの?


「いろいろ、計画立てといてな。翠のために、真っ白。引退後のスケジュールってやつ」


あたしのために時間使って、後悔しない?


あたし、また再発するかもしれないけど、そしたらまた入院だけど。


それでも、まだ……これからも、補欠の彼女でいてもいいの?


「……覚悟しといて」


「おお……もうしてる」




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