夏の空を仰ぐ花
今を逃したら、もう、観れない。


来年の春には卒業して、みんながそれぞれの道を歩き始める。


夢に向かって、バラバラになってしまう。


あたしたち高校生は、常にそういう岐路に立たされながら、青春の中を生きている。


だから、今を逃したら、もう二度と来ないのだ。


応援に行きたい。


あっこみたいに、なにもかも振り落して、好きなひとの応援に駆けつけて行く事ができたら。


「先生」


あたしは白衣から手を離して、先生の目を真っ直ぐ見つめた。


ダメでもともと。


真っ向から反対されるだろう。


そんなことは分かってる。


だけど、頼み込むしか方法はないと思った。


「あたしに、外出許可を出してください」


一瞬、空気がピンと張りつめたのが分かった。


「先生、お願い」


あたしはベッドの上に正座をして、深々と頭を下げた。


「南高の決勝、観に行かせてください」


なんてむちゃくちゃを言ってんのか、と自分に呆れてしまった。


でも、諦める事の方が今のあたしにはむちゃくちゃな事だった。


「頼むよ! 先生!」


体に力が入らなくてクラクラした。


昨日、昏睡状態から覚めたばかりの体は、元気な心とは裏腹にバカ正直だった。


でも、背中がカアッと熱くなった。


先生の返事は本当に即答だった。


「できません」


それは始めから分かっていただけに、全然へこたれる気にならなかった。


頭を上げようともせず土下座し続けるあたしの背中をさすったのは、戸惑い気味の母だった。


「何を言い出すかと思えば。ついにイカれたか」


そうかもしれない。


とうとう、イカれたのかもしれない。


「翠さん」


その声が優しくて、導かれるように頭を上げると、先生は切なげな表情をしていた。


「今の君に、外出を許可するなんて、僕にはできません」

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