夏の空を仰ぐ花
「そうだぞ、翠。観に行かなくても、テレビ中継で応援できるだろ」


母がぎこちなく笑いかけて来る。


「それじゃダメだから、頼んでるんだろ!」


あたしは乱暴に母に掴みかかった。


点滴の管が激しく揺れた。


「こんなテレビで観たって、何の意味もないんじゃ!」


実際にそこへ行って、この目で観たい。


どうしても。


もし、今日負けてしまえば、もう、応援に行くことも叶わなくなってしまう。


勝って、甲子園に行く事になったとしても、それまでにあたしが退院できる保証はどこにもない。


あたしが眠り続けていた5日間、補欠は約束を守ってくれていた。


勝って、甲子園に連れてってやる。


その約束を破るまいと、頑張ってくれていたのに。


あたしは、応援に行くこともできないのか。


悔しくて、涙が出る。


「あたし、いつも貰ってばっかなんだ。補欠に、いろんなもの貰ってばかりで、あたしは何もあげられない」


あたしにできる事ってないのか。


補欠はいつだって優しくて。


こんな跳ねっ返りの彼女に、こぼれてしまうほどの幸せをくれるような彼氏で。


あたしはいつも、何も返せなくて。


あげるどころか、返すことすらできなくて。


「あたしにできる事なんてっ……」


奥歯を噛んだあたしに、先生は優しく諭すように言った。


「今の君に、この炎天下での応援は無理だよ。先が見える。また容体が悪化するだろう。倒れてしまうかもしれない」


だから何だって言うんだ。


「別にいいじゃん!」


倒れたって、また昏睡状態になったって、構うもんか。
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