夏の空を仰ぐ花
何も反応のないあたしを変に思ったのだろう。


自転車にまたがりながら、補欠が振り向いた。


「翠?」


「……えっ」


「どうした? 突っ立って。行こうぜ。ケーキ買うんだろ?」


「あ、ああ。うん」


南高近くにある踏切前のケーキ屋で、チョコレートケーキを4ピース買って、夏井家に向かう予定なのだ。


今日は、洋子の誕生日だから。


夏休みが明けてからは何かと忙しくて、洋子に会うのは久しぶりだ。


「あ、そだ。補欠」


荷台に乗る前に、あたしは長い髪の毛を両手で引っ張った。


「あんまりスピード出さないでくれ」


「え?」


「ほら、これ。ヅラが飛んだら大変だろうが」


へへ、と笑うと、補欠がやわらかく微笑んだ。


「ああ、分かってるよ。てか、ヅラとかしなくてもいいのに」


「うるせえなあ」


フンと突っぱねて、あたしは荷台に飛び乗った。


焦茶色のストレートロングのカツラ。


退院してからはずっと、カツラのお世話になっている。


頭部の手術痕を隠すために。


そんなに目立つわけじゃないけれど、やっぱりハゲができていて。


どうしても、気になってしまうのだ。


「じゃあ、行くか」


補欠がペダルを踏み込んだと同時に、あたしはその背中に頬を寄せた。


偽物の髪の毛が、サラサラ風になびく。


本物の髪の毛が肩まで伸びた頃、あたしたちは今と変わらず、一緒に笑っているだろうか。


何も変わらず、こうして一緒に。







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