夏の空を仰ぐ花
「でも、いいなって。こんな放課後もいいなって思う。隣には当たり前みたいに翠がいて、穏やかで」


ドキドキした。


西日が、補欠の目を照らして輝かせていた。


「……えっ」


気が付くと、あたしの体は補欠の腕の中にあった。


「いいな、こういうの。なんか、いいな」


ぎゅうっと抱きすくめられて、あたしはクスクス笑いながら、補欠の背中に両手を回した。


「ジジくさっ」


でっかい温泉に浸かって、ああ、いい湯だな、って言うお年寄りみたいだ。


「何だそれ。超侵害」


今度はムッとした口調の補欠を笑い飛ばしたあと、この一か月ずっと胸に秘めていた事を聞いた。


「でもさ、補欠は本当にいいのか?」


「何が?」


すると、補欠はあたしを離して顔を覗き込んで来た。


「いや、引退後の貴重な時間、あたしに使ってばっかじゃん」


「はあ?」


左の眉毛をヘの字にして、補欠はプッと吹き出した。


「何だよ。言いだしっぺは、翠だろ?」


「ええー? そうかあ?」


「そうだって。残りの夏は全部ちょうだいって言っただろ?」


「……あたっ」


補欠の左手がすうっと伸びて来て、あたしの右頬をつまんだ。


「……いてっ」


あたしも負けずにやり返す。


「補欠だって言ったじゃん。部活引退したら、毎日一緒に居ようなって」


なにー、なんだとー、とあたしたちは睨み合った。


でも、先に白旗を上げたのは、優しく笑う補欠だった。


「どっちでもいいよ、もう」


ぽつりとつぶやいて、補欠があたしを抱き寄せる。


「野球にかまけて大事な彼女ほっぽってたのは、おれだし」


「ほんとだよ」


補欠の背中に腕を回して、胸に体を預けた。
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