夏の空を仰ぐ花
ワイシャツから、さわやかなライトブルーの香りがした。


「でもさ、別に毎日じゃなくてもいいんだよ、あたしは。ほら、健吾と遊びたい日もあるだろうしさ」


「大丈夫だから」


「へ?」


「健吾にはもう言ってあるんだ。しばらく、翠の言いなりになるからって」


耳に、補欠の笑い声がかかってくすぐったい。


「何だかんだ言って、夏休みはあまり一緒に居られなかっただろ」


結局、補欠の言う通りの夏休みだった。


一時退院をして甲子園に応援に行ったあたしは、帰って来た二日後、病院に逆戻りになった。


容体が急変したとか、再発したとか、そういうのではないけど。


残りの治療が残っていたのだ。


それに、補欠も忙しかった。


帰って来た翌日、県知事に報告へ出向き、町の広報の取材を受けたり、夏休みにも関わらず緊急全校集会が行われ、報告会。


それから、後輩たちへの引き継ぎ。


補習授業に、夏休みの課題。


甲子園に出場した南高野球部の夏休みは無いに等しかった。


あたしは治療、補欠はそれらに時間を取られ、デートはもちろん、実際に会える時間すらなかったのが現実だった。


こうしてふたりの時間をとれるようになったのも、事実、二学期が始まってからの事で。


夏休みは、お互いに目の前にある事をひとつずつこなしていく事で、精一杯だった。


「だからさ」


補欠が言いかけた時カランと音がして、とっさに体を離した。


「あ……ジュース」


勉強机の上にあったふたつのグラスの中で、氷が溶け始めていた。


「飲む?」


「うん」


頷くあたしの額をコツンと突いて、補欠が背中を向けた。


「だからさ、翠の行きたいとこ行こうな。日曜日、どこ行きたい?」


話しながら机に向かう補欠の背中に、西日が当たる。
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