夏の空を仰ぐ花
「あ、でも。沖縄とか北海道とか、極端なのはナシな」


不思議でたまらなかった。


「翠は言い出しかねないからな。極端なこと。とりあえず近場から制覇する? 海、とか」


ありきたりか、なんて補欠は笑った。


不思議だった。


口数の多い補欠も、放課後にユニフォームを着ていない補欠も、グラウンドにいない補欠も。


何をどう言い表せばいいのか分からないけど、とにかく不思議だった。


「映画は? 今公開になってる映画って、何? おれ、そういうのうとくてさ」


夢を見ているんじゃないかと、己を疑った。


ほんの一か月前までは、この背中にエースナンバーを背負って、来る日も来る日もボールを投げ続けていたのに。


放課後は決まってグラウンドに居て、こんなふうに一緒に居られる事は考えられなかったから。


会えない放課後、それが当たり前だったから。


「観たい映画ある?」


西日があたる背中に、そーっと手を伸ばしてみる。


いつもなら、体当たりの勢いで飛び付くのがあたしのお決まりなのに。


なぜか、できなかった。


触れた瞬間、抱きついた瞬間、消えてしまいそうな気がして。


両手ですくっても、指の隙間からさらさらこぼれ落ちる砂のように補欠が消えるような気がして、怖くて。


あたしは、その存在を確かめるように、その背中に抱きついた。


お日様の匂いがした。


「えっ……何? どうした?」


持ちかけたグラスを戻して、補欠が振り向こうとする。


ゆっくり、体温を確かめながら、背中に頬を寄せた。


ほっとした。


良かった……夢じゃなかった。


「……翠?」


心配そうな声にハッとして、とっさに体を離した。


「べっつにー! あー、喉かわいた!」


急に照れくさくなってぶっきらぼうな態度をとりながらソファーに座ると、


「急に態度変えんなよ。可愛くねえなあ」


ブツブツ小言をもらしながらグラスを両手に、補欠も隣に座った。
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