夏の空を仰ぐ花
迫って来る補欠を手で押し上げると、


「早まる? 何が?」


クク、と笑って、逆に手を掴まれた。


いじわるだ。


知らなかった。


「翠が悪いんだぞ」


「なっ……何を言うか! デタラメだ!」


補欠にこんないじわるな一面があったなんて、知らなかった。


「こわい?」


そりゃあ、全く怖くないと言ったら嘘になる。


だけど、どうなってもいいと思った。


この際、もう、どうなってもいい。


あたしの人生はもう、補欠にかけてしまったのだ。


「こわくない……」


補欠を怖いと思った事は一度もない。


ただ、離れてしまう日が来るのが何よりも恐ろしい。


開け放たれた窓から、小川のせせらぎがさりげなく聞こえて来る。


補欠の唇が重なろうとした瞬間、ガチャリとドアの開く音がした。


とっさに体を起こした補欠が「なんつうタイミングだよ」なんて、がっくりと肩を落とす。


ソファーの背もたれから覗くと、


「あんたたち……」


微妙に開いたドアからギョッと目を見開いて固まる洋子が居た。


「……へっ、ヘーイ、洋子! お帰り!」


よっ、と手を上げると、洋子は何も言わずにパタリとドアを閉めた。


でも、またすぐにドアが開いた。


洋子は片目だけで覗きながら、


「こういう事する時は鍵を閉めなさいよ」


それだけ言って、またドアをパタリと閉めた。


ズレてる。


やっぱり、洋子もズレてる大人だと思った。


突っ込むところは、そこなのか、鍵の問題なのかい。


まだ未成年のふたりの極めて怪しい体勢を見て、そこに突っ込みを入れないとは。
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