夏の空を仰ぐ花
「なんつう親だ。突っ込みどころがズレまくり」


あたしが呟くと、補欠が苦笑いした。


「あーあ、何か気が変わった。つうか、気が抜けた」


むっくりと起き上がり、補欠は残りのサイダーを一気に飲みほした。


「お、何だ何だ。怖気づいたか、補欠め」


あたしも起き上がり、補欠の脇腹をうりうりと肘で突く。


「こわいのかー?」


「うるせえなあ。そんなんじゃねえよ」


「やーい、補欠ー」


耳を引っ張ると、その手を掴んで、補欠が真っ直ぐ見つめて来る。


ドキリと心臓が飛び跳ねた。


「こわいのかもな」


「え……?」


「てか、実はずっと怖かったんだと思う。こわかったんだ、おれ」


さっき飲んだサイダーが胃の中でシュワシュワ暴れ出した。


「野球にかまけてる彼氏に愛想尽かして、いつか離れて行くんじゃねえかなって」


ずっと怖かった、そう言って、補欠があたしに覆いかぶさって来た。


体がソファーに沈む。


「いつか、翠が離れて行くんじゃないかって怖かったよ、正直」


「何言ってんだよ。んな事で離れたりしないよ……あたし」


知らなかった。


補欠が、ずっとそんな事を考えていたなんて。


左手が静かに伸びて来て、あたしの前髪をふわりと掻き上げる。


「連れて行けたらいいのに」


「へ? どこに? 補欠、どっか行くの?」


「いや、そういう意味じゃないよ」


補欠がくすぐったそうに笑った。


「無人島とか。誰も居ないとこに、翠だけ連れて行けたらいいのに」


「……それ、いいねえ」


あたしは、そっと補欠のワイシャツを掴んだ。
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