夏の空を仰ぐ花
「てか、まじで払えんのかよ。分割とかテキトーなこと言って、逃げようなんてそう簡単には……」


べらべらとしゃべり倒すあたしの口に手のひらで蓋をして、


「ちょっと黙って」


そう言った真剣な目の補欠に、ハッとした。


初めて見るその表情に固まるしかなかった。


なんて顔をしてるんだと思った。


熱っぽくて、苦しそうで、今にも泣きそうで。


それで、底なしに切なげな目にドキドキした。


「今まで本当に悪かったな。野球、野球って。そればっかで悪かった」


その声はいつにも増して、一段と優しくて静かで。


「けど、これだけは信じて。おれ、翠のこと考えなかった日はなかったよ。野球してる時も、いつも想ってたんだ」


ほんとだよ、と補欠は笑った。


本当なんだと思う。


補欠はつまらない嘘をつくような、ムードに流されて甘い事を言うような男じゃない事を、あたしは知っている。


補欠が本当だというのだから、本当なんだと思う。


「けど、正直まじで怖かった。翠が昏睡状態になって目開けてくれなかった時、まじ焦った」


ふと、思い出して泣きたくなった。


大会の前日に野球を捨てようとした時の彼の気持ちを考えると、泣きたくなった。


「もう、嫌なんだ……あんな思いするのは。翠を失うなんて考えたくもねえや」


あたしだって同じだ。


この人を失うことは、死ぬことと一緒なんだと思う。


「あと、もうひとつ」


そう言って、補欠はたしの口から静かに手を離した。


「嫌なんだ。翠の笑顔を曇らせるような事だけはしたくない」


そんなこと言ったって、もう遅えよ、補欠。


「おれが、どうしても必要なんだよ。おれの未来には翠が必要なんだよ」


そんな事を、そんな真っ直ぐな目で言われたら、誰だって泣くに決まってんのに。


案の定、あたしは泣いてしまった。

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