夏の空を仰ぐ花
補欠があたしのワイシャツのボタンを外して行く。


あたしはその深い深いキスに溺れて、溺れて、溺れて……。


何もかもに溺れて、


「響也……」


その広い背中に、必死にしがみついた。


「ちょっと遠いんだけど、行けない距離じゃないから。宇宙みたいなとこあるよ、行く?」


補欠の腕の中は、小さな宇宙みたいだ。


あたしだけしか入る事ができない、秘密の宇宙空間。


他には誰もいなくて、誰も入って来れない空間。


「どこ……それ……」


「秘密」


「けち」


甘ったるい朦朧感の中、あたしは補欠のワイシャツをクシャッと引っ張った。


この宇宙空間から振り落とされやしないかと、不安になったから。


この極上の幸せから振り落とされないように、必死にしがみついた。


痛い事は苦しいのが当たり前だと思っていたから、知らなかった。


この世には、切ないほど甘ったるくて、苦しいほど幸せな痛みがあるって事に気づいた時、あたしは初めて知った。


そっか。


なんだ……あたし、ただの女の子だったんだ。


あの日、補欠の腕の中であたしは願ったの。


どこか、遠い遠い、宇宙にあたしを連れて行って。


可愛い洋服も靴も、何も要らない。


補欠が居ればいい。


だから、その宇宙で、あたしを宇宙一の幸せ者にして。


あの日、秘密の宇宙空間であたしは祈ったの。


先の見えない未来でも、この人の隣に居るのはあたしでありますように。


それで、信じて疑わなかったの。


ずっと一緒に居られるんだ、って。


それは、甘ったるい幸せに包まれた17歳の夏の終わり、夕焼けがきれいな日。









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