夏の空を仰ぐ花
「夏井響也っていうのか……あいつは」


もう、そこには居ないのに。


ひとだかりの中、あたしは夏井響也の姿を必死に探していた。


「おい、翠!」


結衣に肩を叩かれた時にはもう、すでに時遅し。


落ちるとこまで落ちてしまっていた。


「翠って! どうした、翠!」


ハ、と我に返った時にはもう、手遅れだった。


どう足掻いても抜け出せないところまで、落ちていた。


突如出現した落とし穴にストンと落ちて。


深い深い、ぬかるみ。


そこは、恋の底なし沼。


足掻けば足掻くほど、深みにはまっていく。


「結衣」


「あ?」


あたしは、キョトンとする結衣をじっと見つめた。


「あたし、もう落ちるとこまで落ちたらしい」


「は?」


「だから、もう手遅れだ」


「はあー?」


「あたし、好きな人ができた!」


結衣が目をぎょっと丸くして、


「……は……?」


口もまんまるお月様みたいになっていた。


我が親友よ、なんつうアホ面なんだ。


「あたし、恋をしたのだ!」


ほれ、とあたしは掲示板のその名前を指差した。


結衣がその名前をじっと見つめる。


< 65 / 653 >

この作品をシェア

pagetop