夏の空を仰ぐ花
人っこひとり見当たらない、静かな校庭。


通路を縁取る、クロッカス。


カラフルなチューリップが蕾のまま、夕方の風に揺れていた。


殺風景な、駐輪場。


広々とした中庭。


几帳面に整備された、芝生。


正面玄関前で立ち止まり、ガラスに映る自分を見つめた。


「おっ、いい女発見! って、あたしじゃんかーっ」


ひとりでノリ突っ込みをして、ひとりで腹の底から爆笑した。


「はあ、やっぱでっかいなあ」


先月まで世話になっていた中学よりも遥かに、大きくそびえる校舎に胸が高鳴る。


この校舎にはたくさんの夢の欠片と、未来への切符が詰まっている気がする。


父と母が出逢った場所だ。


あたしはここで、明日から夢に向かって突っ走るのだ。


あたしには、夢がある。


そのために頑張って勉強して、この進学校を受験した。


夢は得意の英語を武器にして、通訳になること。


その夢を胸に秘めながら、青春てやつを謳歌するのだ。


夕方の敷地内をうろうろしていると、とても優雅な気分になった。


南高を独り占めしている気がして、楽しくなった。


あの鉄格子を越えて着地した瞬間、ルパンになった気分だった。



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