原石のシンデレラ

偽り

雪詩は仕事が終わった後に、店長から指定された、向かいの喫茶店《ポプリ》へと足を進めて行く。


今まで、バイト先のファミレスの前にあるのは知っていたけど、中に入ったことは無かった。


《ーーカランカラン…》
ドアを控えめに開けたつもりだったのに、上に飾られたベルが、大きく店内中に響き渡る。

夕方のせいか、ガランと空席が目立つ。

「…誰も居ないのかな。」

上品なジャズの音楽が鳴っているのが、確認出来たから、とりあえず営業はしている様子。


ーーだが、辺りを見回しても店員さんが見当たらない。


入り口の傍にある隣の窓の前に、木彫りの兎の置物が、ちょこんと置いてある。


よく見ると、兎が人参を持っている。
「ーー可愛い…」


雪詩が、ソッと兎の置物に触れようと手を伸ばしかける。

「ーーいらっしゃい」…背後から突然、声をかけられて、ビクッと身体を震わせた。


「あぁ、驚かせてゴメンね」
…振り向くと中年の男性が、サミット袋を片手に持ち、ニコニコと微笑む顔の目尻に皺ができる。


見た目は50代後半から、60代前半辺りに見えた。


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