辻斬り
通い慣れ、悲喜交々を明け暮れなく過ごした署に戻り、同僚の刑事から聞いた言葉はこれ以上ない絶望だった。
「鴻上刑事、被疑者はあなたの……」
「菜生子が、どうして――」
鴻上は取調室の前で後輩の刑事と言い争っていた。現実とまともに向き合うには酷な状況で、それでも毅然と立ち向かおうとする彼の姿は周りに悲痛をもたらした。
「鴻上さん、お願いです。取り調べは我々がやりますから」
「頼む。少しでいい。二人きりで話をさせてくれ」
強引に押し切り取調室の中へ入ると、妻の菜生子がいた。

< 208 / 245 >

この作品をシェア

pagetop