勇者様と従者さま。
 カレンは話し続けた。

 三人は言葉もなく聞き入る。


「あたしが今日結婚したのは…親友の恋人。いい奴だよ。幼なじみだし、仲もよかった。だけどやっぱり、マリナのこと思ったらどうしても受け入れられなかった」

 マリナ、というのがその親友の名前なのだろう。

「だけどあいつはさ、マリナのことなんか覚えてない。そんで、なんの疑いもなくあたしのこと愛してるっていうの。なんかもう…耐えられないよ。だから逃げてきた」


「…あの追っ手は?」

 アーサーが聞いた。

「ああ…あの家町長の家だから。警備の人とかいっぱいいるの。あいつは<恋人>の様子がおかしいのを本気で心配してるんだ。それで追わせたんだろうね。…大丈夫、ここにはこないよ、時計台の職人はいなかったことになってるから」

 カレンはさみしげに笑った。


「取り乱してごめんよ。…信じられない話だろ?あんた達もあたしのこと頭おかしいって思うかい?」


 エヴァは言葉に詰まった。

 たしかに、にわかには信じられない。だが…

「信じ、ます」

 カレンは目を見開いた。

「あたしが言っといてなんだけど…あんた本気?」

「だって、カレンさん、そういうふうに見えませんもの」

 カレンの目から、また涙がこぼれた。


「ありがとう…」


 エヴァがそっとカレンに寄り添って、ハンカチを差し出した。

「…だけど、これからどうしよう…あたし」

 カレンが小さく呟いた。

 この街に彼女の居場所はない。

 彼女は何もかも失ったのだ。

 自分が信じてきた生活が突然すべて崩れ落ちたら…

 その苦しみは、想像もつかない。

 アーサーは目を伏せる。

 となりでシュリが何かを考えこむような険しい顔をしていた。

< 56 / 93 >

この作品をシェア

pagetop