あいつが死んだ……
私が徹をさらに、誇らしく思うようになったのは、家での二件の出来事からであった。
まず、一つ目。あれは、徹が小学校三年生の時だっただろうか。
私は夫と喧嘩していた。
確か夫の上着に、スナックのママの名刺か何かが入っていて、私がそれを問い詰めていた時だった。
「確かに私は、ここのスナックに出入りしていたがそれは、接待や上役の付き合い等で仕方なく利用していたに過ぎない。
私はここのスナックのママと、個人的な関わりを持っているわけではない」
夫は、そんなような事を語っていたが、私はかなり興奮してしまっていて、夫のその言葉が耳に入らなかった。
「言い訳なんかいらないわ! どうせ、本当はその人とよろしくやってるんでしょうね! 良いわ! 私出て行くから! この家から出て行ってやるから!」
私は完全に頭に血が登っていた。夫の言葉なんか最初から信じていなかった。
何を言われたって私の頭は、電源の入っていないパソコンのように、全ての情報をシャットアウトしてしまう状態になっていた。
そんな時に私達の喧嘩場面を目撃した徹は、今すぐにでも家を飛び出そうとしている私に対して、普段からは想像出来ないぐらいの大声を張り上げた。
「お母さんが出て行くんなら、僕は学校に行かないよ」
徹のその言葉を聞いて、私はハッとなって我に返った。頭に昇っていた熱は急激に冷めて、私はようやく正気を取り戻した。
よくよく話を聞けば、夫の言い分は正しいようだったし、冷静になって初めて私の取り乱し方が異常だったと分かった。
これでは、ただのヒステリーではないか。
その事に気付かせてくれたのは、息子の一言だった。自分を犠牲にしてまで、私達夫婦に一緒にいてもらいたかったんだろう。