あいつが死んだ……

「親父の言う事は正しいよ。どんなに練習したって、上手くならないし。もう、夢を見る時期は終わったんだ」

 そう答える徹は悲しそうな顔をしていた。

それは、夢と現実は違うんだという、苦汁の決断をした後の徹の顔だったのだけど、その時のあたしは全く気付かなかった。

ただ、父親の言いなりになってるだけとしか思わなかった。

「そんなのやってみないと分からないじゃない」

「うるさい。気休めなんかいらないんだよ!」

 あたしの言葉に徹は激しく怒った。その顔には、「僕は歌が上手くない事を知っているくせに」という、冷ややかな視線が込められていた。

あたしはそれを見て、恥ずかしくなった。前に、言葉だけの応援をしたあたしが恥ずかしくなった。

 だけど、何も知らない剣之介は違った。

徹の顔を殴って、「茜はお前のためを思って言ってるんだ。茜の気持ちを何だと思ってる」と怒鳴った。

 あたし達の間で、何かが壊れていた。



 それからのあたしは、どこかおかしかった。

徹の家に遊びに行ってみた時も、母親のおつかいに行ったと聞いて、両親の言いなりになってるんじゃないかと、キレて徹のお母さんと喧嘩になってしまった。

 その日から三日が経って、徹に会った時もあたしはおかしかった。

「あの日はごめんね」

「良いよ。気にしてない」
 そんな会話をあたし達はしていた。

徹の顔はいつもと同じで、本当に何も気にしてないように見えた。

「ところで、剣之介の気持ちはどうする気だ? あいつが思いをぶちまけてから三年も経つじゃないか。そろそろ何とかしてやらないと」

 あたしは、驚きで目が飛び出しそうだった。

徹はあたしの気持ちに気付いてなかったのだろうか。

この三年間は何だったのだろうか。

思いの一つも伝わっていなかったのか。

気付けば、あたしは声を上げて泣いていた。

「どうしたんだよ? 大丈夫か?」

「あたしが好きなのは……徹なのに……」


< 29 / 31 >

この作品をシェア

pagetop