あいつが死んだ……
ミュージシャンだって?
徹は子供の頃から歌が好きだった。
気持ちは分からないでもないが、いくら徹でもミュージシャンを目指す若者は星の数ほどあって、成功出来る確率は極めて低い。
それに、徹の歌声は私も聞いた事があるが、それは決して上手いとか下手とかじゃなくて、極めて普通だった。なぜか、歌だけが普通だった……。
諦めさせよう。
私は自然にそう思った。
「徹。それは諦めろ。現実を見るんだ。言っては悪いが、お前は何でも出来るけど、歌声は平凡だ。
そんなお前がテレビに出てるような歌手になるなんて事は、父さんは無理だと思う」
徹は珍しく反論した。
「でも、こんな僕の歌声でも、良いと言ってくれてる人がいるんだ。それに有名になったら、もう父さんは働かなくても良くなる。家族三人でゆっくり出来るんだよ」
これだけ声を荒げて言う徹は珍しかった。
いつだったか、私と妻が喧嘩をして、妻が家を出ていくと言った時に「お母さんが家を出てくんなら、僕は学校に行かないよ」と宣言して以来だったか。
とことん優しい子だった。今もこんな事を言っているのは、仕事で家を空けている事が多い私の為なのだろうか。
「そんな理由では賛成出来ないな。私の為にとかは考えて欲しくない。とにかく……父さんは反対だからな」
私ははっきりとそう言い放った。厳しいかもしれないが、これが息子の為なのだ。
「分かったよ……止めるよ」
しばらくしてから、ようやく徹はそう呟いた。そして、それを言うとさっさと自室に戻って行った。
私の言いたい事が分かってくれたんだと思った。私の熱意が通じたんだと。
息子の為になる事だと思ってした事だった。熱く語ってくれた息子には申し訳ないけれど……。
あれから一ヶ月経った。
息子は死んだ。
一週間前、家を出て行ったきり帰らないなと心配していたら、昨日警察から電話があって、お宅の息子さんの遺体を発見したと言う。
私はすぐに確認しに飛んで行った。そこには紛れもなく変わり果てた姿となった徹の姿があった。
自殺と言う事だった。
電車で遠方に出て行っていたらしく、そこで息子は誰にも看取られる事なくその生涯を閉じた。