ホワイト・メモリー
「なんや、怖い顔して」
「あ、いえ。別に何でもないんでけど。ちょっと考え事をしていて」

会議から戻った塚越に、突然声をかけられ少し動揺してしまった。塚越は、手に持っていた資料を机の上に置くと、窓際に立った。20階のオフィスからは、渋谷の街が一望できる。ファッションだのなんだのと若者たちがうごめくこの街に、製造業の大企業がそびえ立っているとは、まさか思いもしないだろう。

「びっくりすんで。小林さんが怖い顔しとるときは、大抵、問題があるときやからな」

窓からの逆光でCFOのネームプレートが影を作っていた。塚越に心を見透かされたようで功は言葉に詰まる。

「お蔭様で今回のプロジェクトもうまくいきそうやな。怖いわなぁ。小林さんみたいな若者に、こんなにうまく仕事を進められてしまっては、こっちがへこんでまうで。若者って、あんなんちゃうの」

渋谷の街を見下ろしながら塚越はつぶやくように言った。

「そんなことないですよ。SOXの社内ルールを決めているのも、業務フローを作っているのも、それを運用するのも、すべてお客様自身でしていることです。僕はちょっと面倒なことを手助けしているだけですから」
「せやな。別に大したことはしてへんよな。小林さんがやると、大したことないってことで終わってまうねん。別の人間がやるとごっつ大変やったりするんやけどな」

塚越は振り返って、ゆっくりと自分の席に座った。

「そりゃ損やで、小林さん」
「え?」
「そうやないかい。汗水流して一生懸命やっている人間が評価されるんやで。涼しい顔でやってのけてしまっては、評価されるもんもされへんわな」

功はなんと返せば良いのか分からなかった。

「ま、ええわ、ええわ。どっかの野球チームのおっさんのぼやきと同じやと思て、聞き流してくれや」

塚越は「仕事せな」と言って書類に目を落とした。
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