大江戸恋愛記
「あの…」
「ん?」
私が恐る恐る声をかけると、その人はやっと気付いたように私の方を見た。
「ん…お前は…」
「あの、鮎川紫苑と申します。つかぬことをお聞きしますが…」
怪訝そうに見つめてくるおばあさんに名前だけ名乗った後、私は一番気になることを問いかけるために口を開いた。
「ここは、何処ですか?」
「何を聞いておる。江戸に決まっておるじゃろ」
………
「江戸、ですか?」
「江戸じゃ」
「江戸って、あの江戸ですか…?」
「ははは、江戸は一つしかなかろう」
……変だこのおばあさん。
早くここから去ろう。
「おい、何処へ行く」
「家に帰ります」
「お前の住まいは何処じゃ」
「…東京、ですが」
「はて…、東京なんて国あったかのう」
「へ」
東京を知らないなんて…
「ところでおぬし」
「…は、あ、はい」
「一体何者じゃ?」
…この質問、さっきの美形さんにもされたような…。
「普通の人間です」
「奇抜な格好をしておる。それは異国の衣じゃあないのか?」
「……」
…まずい。怪しまれている。ああ、そういえば制服のままだったんだ。
「私自身はれっきとした日本人ですよ。現にほら、ちゃんと言葉が通じるでしょう?それに顔立ちだって…」
そう言えば、ずい、と顔を近付けられる。
ち、近い…!
「…ふむ、髪は黒い。瞳も黒。肌は白いが異国の者では無さそうだな」
当たり前だろ…!私のどこが外国人に見えるのよ…。