山あり谷あり谷あり…そして…
停学10日間!自宅待機!
両親はその事について、叱る事はありませんでした。父がボソッ!と

『今まで、悪かったな…』

の一言をくれたのです。でも、ウチは許せない気持ちが残っていました。

ある日、学校から電話が…

『明日から、学校に戻っておいで…停学処分終わりや!』

10日間だったはずが、4日目から又復活なんて何で?って感じでしたが、取り敢えず行くと、クラスメイトやイジメられてた人のご両親が、処分を解く様にと訴えてくれたらしいです。

何だか、人の暖かさと言うか、ウチを見てくれてる人がいることに、嬉しくて、職員室で泣いたのでした。

クラスに入ると、皆が

『ぐっちゃんお帰り!』

と名前から、勝手にあだ名を付けられ、歓迎してくれたのです。本当に…本当に嬉しかった…学校生活で、こんな熱い思いを抱いたのは初めて…思わず、泣きながら他人に初めて

『ありがとう…』

と言えました。この言葉って良い言葉ですよね…

ありがとう…

この日から、知らない間に名前を売ってたらしく、ウチを避ける不良さん…やたらとくっついて回るイジメられ安いタイプに優等生タイプ…どっちに付かずのタイプのご機嫌取り等…変なの!って感じでした。

担任の先生から、用もないのに校内放送で

『ぐっちゃん!おいで…』

なんじゃそりゃ!

同じ階にあるクラスから、笑い声が耳に入ってくる…

でも、嫌な気はしなかった…

ところで、この高校は女子校なんだけど、女の嫌な面がやたらと目につき、邪魔くさくなってきまして、出席を取ったら、弁当を持って徒歩圏にある『若草山』に散歩へ…お昼に学校へ戻り、食堂でランチ。残り2時間は昼寝…そんな学校生活を繰り返していましたら、さすがに日にちが足りなく、夏休みは当たり前の様に、学校へ行くハメに…

どうにか、2年にギリギリ上がる事が出来ましたが、女でありながら、女の裏表が嫌気指してきました。

少しづつ、自分の環境が変わりつつあったこの時期…

しょっちゅう、意識がなくなると言うことが起こり出しました。

暫くすれば、勝手に意識は戻ります…
貧血的な感じです。

それも、小さな時から現在までを振り返ったときに、必ず起こるようになりました。
寂しさと辛さとの戦いだった。
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