エルタニン伝奇
序章
西大陸の南に、ぽつんと浮かぶ、南国・エルタニン。
この国唯一の王立図書館に、一人の若い男の姿があった。

風貌はエルタニンの民に近いが、純血ではないようだ。
この国独特の浅黒い肌は、周りの人間より、やや明るい。

男---ライナスは、膨大な書籍が詰め込まれている本棚の間をすり抜け、管理官の目を盗んで、しばらく奥にある古い扉の前にいた。
やがて、扉をそっと開くと、素早く身体を滑り込ませ、再び音無く扉を閉める。

ライナスが忍び込んだ部屋は、一般の民は見ることができない禁書の類が保管されている、いわば部屋自体が金庫のようなところだ。
当然厳重に鍵がかかっていたが、ライナスは元々賞金稼ぎだ。
荒事には慣れている。

さすがに人目を盗みつつ、相当厳重な鍵を開けるのは骨が折れたが、無事に鍵をこじ開けると、中に滑り込んだのだった。

ライナスがここに来たのは、賞金絡みの仕事ではない。
己に関することだ。

少し前に、ライナスは極寒の地・イヴァンで、運命の姫に出会った。
永く氷に封じられていた、伝説の美姫---各地に伝説として知られていた、『氷の美姫』を見つけたのだ。

今まで誰も見つけられなかった姫君を、何故ライナスが見つけられたのか。
それは、姫の封じられていた氷の柱に辿り着いたときに蘇った、前世の記憶。

ライナスという名だが、ずっと‘ラス’と呼ばれてきた。
その愛称のほうが、しっくりくること、ずっと誰かを捜していたこと。
そういった昔からの疑問が、前世によるものだとわかったのだ。
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