エルタニン伝奇
信じられぬというように、サダクビアは唇を震わせる。
無理もない。
サダルスウドでさえ、ここまでラスが考えていたことは、今初めて知ったのだ。
エルタニンのことを、おそらくメリクを通してしか知り得なかったサダクビアからすると、まさに青天の霹靂。
寝耳に水とでもいうものだ。
メリクに対する、ラスの態度からも、微塵も感じられなかったろう。

「お前を滅することは、お前のコアトルをも滅することになろう。・・・・・・コアトルには可哀相なことだが、すでにお前に食われているなら、お前に囚われているよりも、トゥバンに返してやったほうが、コアトルのためだ。トゥバンの神託通り、俺の手で、お前と二体目のコアトルを滅する。・・・・・・メリクと、お前のコアトルを解放する」

ラスの足元に蹲っていたメリクが、はっとしたように顔を上げた。
初めてだ。
初めて、ラスがメリクの名を呼んだ。

こんなときなのに、メリクは嬉しくてたまらなくなる。

「それが、正しい神託の意味でしょう。微力ながら、お力添えいたします」

サダルスウドの声に、ラスのコアトルも、同調するように、ぎゃ、と鳴く。
サダクビアは唇を噛みしめて、悔しそうにぶるぶると震えている。

『勝手な・・・・・・! わらわをこの地に封じ、兄上をないがしろにしていた神官が、今更何を言う。わらわを滅したところで、己の罪は消えぬぞ。サダルスウド、お前はこの上にまだ、罪を重ねるつもりか。兄上、わらわは兄上の、血を分けた妹ですぞ。そのわらわに剣を向けるなど、何故・・・・・・』

サダクビアの訴えに、ラスは少し辛そうな顔をした。
状況こそ全く違うが、サダクビアの孤独な気持ちは、ラスにもわかるのだ。
全くの一人だったら、ラスもおそらく、サダクビアと同じように、全てを呪ったであろう。

だが。

「一応似たような状況ではあったからな。同情はするが、やはりお前は、妹とは思えん」

宝剣を引き付け、切っ先を真っ直ぐにサダクビアに向ける。
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