エルタニン伝奇
メリクは本名を、サダルメリクという。
いや、そもそもメリクに名前など、あったのだろうか。

彼女はまだ幼い頃に、海辺を彷徨っているところを、たまたまある神官に拾われただけの、何の力もない単なる捨て子だったのだ。
当然、身体にトゥバンの印などない。

『サダル』というのは、神殿に仕える者を指す、いわば苗字のようなものだ。
どういった経緯で『メリク』などとつけたのか。

サダルメリク---王の幸運。

メリクを拾ったときから、いずれはラスに仕えさそうという目的のようにも思える名だ。
己の名の意味を知ったときから、メリクはそのように考えるようになった。

そして半年前に、それは現実となる。

王付きの巫女を選ぶのに、神託を降ろす儀式をしていた風はない。
詳しいことは全くわからないが、最高神官ともあろう者が、何故トゥバンの神託なしに、勝手に王の巫女を決定するのか。
何故己のような、神託を受ける力もない者を、王の元に上げるのか。

聖女宮という、隔絶された世界では、知ることは叶わなかったが、この半年で、少しだけ見えてきたことがある。
己を王の巫女に選んだのは、神官らの、単なる嫌がらせではないかと思うのだ。

メリクは王宮に上がって初めて、ラスがどういう生い立ちかを知った。
神官との確執も、即位の儀式のときの異常さも。

特に神官を毛嫌いしているラスに、力をつけさすような神託が降りるのは、神官たちにとって、有り難くないことなのではないか。
ラスが成人するまでの十六年間、国の政(まつりごと)を牛耳って、甘い汁を吸ってきた神官たちは、その権力を少しでも失いたくはないだろう。
己らを嫌う王が力を持つのは、阻止したいはずだ。

汚い、と思う。
聖女宮でも、ただの捨て子ということで、見下されてきたメリクは、それならできることで精一杯、ラスに仕えようと思った。

だが。
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