エルタニン伝奇
「遊んできな」

ラスはコアトルを飛び立たせると、執務室の中に入り、椅子にかけた。
扉の前に佇むメリクなど、いないかのように、机に積まれた書類に目を落とす。

ラスは冷たい。
ただでさえ神殿関係の人間を嫌っているのに、その神殿からきたメリクが常に控えているのは、我慢ならないことだろう。

自分は神殿からきたが、巫女としての能力などないと訴えたところで、それはそれで、そのような者を選んだ神官への不信感を煽るだけだ。
疎まれても傍にいないと、何をすればお役に立てるかわからないと思い、メリクはラスの冷たさに耐えてきた。

が、姿を現さないことが、ラスの役に立つことなのではないかとも思ってしまう。
それぐらい、ラスの態度は徹底しているのだ。

メリクは書類を読むラスを窺った。

そのとき、開けた窓から吹き込んだ風が、積まれた書類を何枚か飛ばした。
メリクは小走りに、部屋に散った書類をかき集めて回る。
あっという間に床に落ちた分は拾い上げたが、一枚だけ、棚の上に行ってしまった。

メリクは棚に走り寄り、背伸びして腕を伸ばす。
だが、精一杯身体と腕を伸ばしても、指先にも紙は触れない。

一生懸命戸棚に貼り付くメリクだったが、ふと視線を感じて振り返ってしまった。
机の向こうから、ラスの濃紺の瞳が射抜く。

ラスがメリクを真っ直ぐに見ることなどまずないので、メリクは大いに動揺した。
そして動揺したため、バランスが崩れる。
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