エルタニン伝奇
メリクの身体が完全に船から離れる直前に、ラスは彼女の伸ばされたままの腕を掴んだ。
力任せに、ぐい、と引っ張る。

小さなメリクは、簡単に手すりまで引き戻された。
同時に船がゆらりと揺れ、先程まですぐ近くにあった海中の影が遠ざかっていく。

ゆらゆらと揺れる船に、メリクは空いた片手で手すりにしがみついた。
片手はラスに掴まれているため、落ちる心配はないのだが。

波が落ち着いてから、メリクは手すりを越えて、甲板に降りた。

「あ、ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げる。
ラスは何も言わない。

反射的に腕を掴んだだけで、別にメリクを助けようと思ったわけではない。
ラスにはメリクを守ろうというような感情はないのだ。
その証拠に、メリクの腕には、ラスの手形がついている。
容赦なく力を入れたためだ。

仏頂面のラスに、いたたまれなくなったように、メリクは懐から出したものを、こしこしと自分の着物の袖で拭き始めた。
水気を拭き取り、おずおずとラスに差し出す。

「?」

ラスはメリクに渡されたものを、まじまじと見た。
夕日を受けて虹色に光る手の平大のものは、見たこともないような、薄い物体だった。
宝石のように綺麗だが、軽く薄く、石ではないようだ。

「ミルバの鱗です」

メリクの説明に、ラスはちら、と彼女に目を向けた。

ミルバの鱗というのは、大陸で流通している宝石だ。
結構な高値だという。
話に聞いたことはあるが、見たのは初めてだ。
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