エルタニン伝奇
今回はイヴァンの北方を攻めます、というアンドレイに従い、エルタニン軍の近衛隊とイヴァンの捜索隊は、大陸の北へと進む。
北へ向かうほど、ただでさえ寒い気温がどんどん下がり、視界には白いものが混じり出す。

嫌がらせか、と思うほどの寒さに、ラスはコアトルの背で震えていた。
吐く息も白く、手綱を持つ手の感覚も危うい。

と、不意に前に座るメリクが、前から押されたように、どん、とラスの胸にもたれた。

「何だ、いきなり」

あまりの寒さに機嫌の悪くなっていたラスは、思い切り顔をしかめてメリクを上から見下ろした。
寒くて身体が固まっていなければ、振り落としそうな不機嫌さだ。

が、メリクはラスにもたれたまま、上を向くようにして、見下ろすラスを見た。

「引っ付いていたほうが、暖かいでしょう? わたくしでも、湯たんぽ代わりにはなれますよ」

両手をついてコアトルに跨っているメリクは、そう言って、あ、と笑った。

「初めて、ちゃんとお役に立てた」

嬉しそうに笑うメリクに、ラスのささくれ立った心が凪いでいく。
もっとも暖かい気持ちというよりは、脱力、といったほうが正しいが。

「お前の格好を見ているだけで、寒いがな」

素っ気なく言いながらも、押しのけることはせず、そのままラスはコアトルを飛ばした。

メリクが引っ付いただけでは、大して暖かくはないし、ラスの言うとおり、相変わらずメリクは薄い衣一枚の軽装だ。
見ているほうが寒々しく思う格好であることは、間違いない。

おまけに上空は、風も強い。
そのうち、周りも見えなくなるほどの吹雪になってきた。
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