エルタニン伝奇
「しまったな。指揮官の顔を潰してしまった。ガストン伯のところに首を送りつけても、あれじゃ誰かわからんな」

ぼそりと呟いたラスに、思わずアンドレイは振り向いた。
端正な顔を返り血で染めて、ラスは無表情に、少し離れたところに転がる屍を見ていた。
言っている内容といい、死体を見つめる冷たい瞳といい、見てくれの美しさからは、想像できない残虐さだ。

「うっ!」

ラスに気を取られていたアンドレイは、不意に襲った痛みに我に返った。
気づけば、胸を斬られている。
さらに目の前の兵士が、アンドレイの頭上に、大振りの剣を振り上げていた。

---間に合わない!---

避けることも、剣で受けることもできないと思ったアンドレイだったが、棒立ちになる彼の頬を掠め、いきなり後ろから剣が突き出される。
その剣は、前の大剣を振り上げていた兵士の喉に叩き込まれた。
喉に突き立てられた剣は、そのまま横に払われ、兵士の身体から赤い線を描きながら離れる。

「戦いの最中に振り向くのは、命取りだな」

後ろからの低い声は、ラスのもの。
ラスがアンドレイの後ろから、兵士を斬り裂いたのだ。
首が半分千切れた兵士は、アンドレイの足元で痙攣している。

「呆けてないで、前を見ろ。俺は何度も他人を助けるほど、優しくないぞ」

冷たく言い残し、ラスは反対側から斬り込んできた兵士と打ち合っているようだ。
前からもまた矢が飛んできたため、アンドレイも戦いに集中せざるを得なくなった。
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