エルタニン伝奇
「王。やはりこのままでは、分が悪うございます。アンドレイ殿の兵も、大方やられてしまいましたし。できる限り、この場を離脱することを優先しましょう」

「そうだな。ガストン伯に、一泡吹かせてやりたかったが、確かにこんなことで、俺がやられるわけにはいかん」

兵士としての訓練経験も怪しいような探索隊と、ラスと近衛隊長。
アンドレイは、おそらくそれなりの将校なのだろうが、実質こちらで戦える者は、三人だけなのだ。
そう考えれば、ガストン側にこれだけの打撃を与えただけでも、大したものだ。

だがラスは少々不満そうに、コアトルの手綱を取った。
そこで初めて、メリクを思い出す。

大人しくラスの胸にしがみついているメリクは、ラス同様、血にまみれている。
髪も肌も白いため、浅黒い肌・漆黒の髪のラスよりも、より凄惨な印象を受ける。

それに何より、メリクには表情がなかった。
あまりの惨状に、我をなくしているわけでもない。
ただ、何の感情もなく、目の前に広がる血の海を見ているのだ。
外見が幼いだけに、それは不気味であった。

ラスは矢を避け、迫る剣を打ち落としながら、コアトルを上昇させる。
サダルスウドを見上げ、進むよう促すと、すぐにサダルスウドはヴォルキーを北へ向けた。

「まだ北なのかよ・・・・・・」

サダルスウドの進路に毒づいた途端、ラスの右肩に衝撃が走った。
見上げたメリクの頬に、ぽたりと血が落ちる。
初めて、メリクが驚愕に目を見開いた。
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