エルタニン伝奇
「隊長! 頃合いを見て退けよ!」

ラスは無事を伝えるため、大声で叫んだ。
隊長が、安心したように頷き、剣を構え直す。

だが、隊長のほうもそれなりの傷を負っているようだ。
最早探索隊は数えるほどしか残っていないし、このままでは隊長もアンドレイも、力尽きるだろう。

王として、部下を見捨てても己が生きなければならないのはわかっている。
故に、チャンスは一回しか与えられない。

「コアトル、頼む」

ぽん、とコアトルを軽く叩き、メリクを抱き寄せる。
そして、手綱を握りしめると前屈みになり、できるだけコアトルに密着する。

コアトルは確認するように、ぎゃ、と一声鳴くと、物凄い勢いで地上で戦う兵士ら目掛けて突っ込んでいった。
その速度は、初めの奇襲よりも、遙かに速い。
今は斬り合うつもりはないからだ。

まさに目にも留まらぬ勢いで兵士らに迫ったコアトルは、そのまま容赦なく硬い鱗で驚く兵をなぎ倒していく。
これだけでも、かなりの兵を屠れるはずだ。

難点は、敵味方を区別して攻撃できない点だ。
だが、これだけ味方の数が少ない場合は、味方に当たる確率のほうが、遙かに低い。

「退け!」

疾風の如く駆け抜けたラスの声に、隊長は素早く傍にいたヴォルキーに飛び乗った。
アンドレイもチーリェフを走らせ、残った兵を回収しつつ、戦線を離脱した。

「固まるな! できるだけばらけて、お前らは近衛隊と合流しろ! いいな!」

言い残し、ラスは一気にサダルスウドの元へ戻ると、自分は氷の美姫の元へと急いだ。
< 79 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop