その透き通る手で
「僕は……待つ身を楽しいと思ったことは一度もないですね」

「先生?」

「待つのは、辛いことですよ。信じるものがなければ、暗闇を手探りで歩くように心細いものです」


 色素の薄い目を眼鏡の奥で細める六川先生は、なんだか知らない人のように見えた。


 大人でも、そんな思いをすることがあるのかな?

 それとも、わたしと同じ高校生だった頃、そんな気持ちで誰かを待っていたのかな?


聞きたがるようなわたしの顔を見て、六川先生はいつもの温和な笑顔に戻った。


「仲江さん。恋愛もいいですけど、学業をおろそかにしないようにして下さいね?」

「……はーい」


はぐらかされちゃった。

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