BLUE HEARTS
夕焼けの公演を終え、夜の段幕が降りてくる。幕は虫食いの痕(あと)から月の光を溢し、見上げる者を魅了する。
ロマンチストだろ。握ってる物が一輪の薔薇なら尚更ね。でも残念。ただのチラシさ。
「………?」
ボロアパートの階段を昇り、鍵をポケットから取ろうとした時だ。
何やら良い匂いが鼻下をかすめた。香水とかじゃなく、素材や調味料を使った、料理の匂い。
俺は半信半疑で、家のドアを静かに開ける。
間違いない。この匂いは我が家の台所からのものだ。
まさかバターをきらした時「色が似てる」と言ってマヨネーズをフライパンに網状に敷いた姉が…───?
「いやいや」と顔がひきつる。
足元に視線を落とすと、見慣れない春物のブーツと小さな靴が並んでいた。
ひざを曲げ、じっとその二足の靴を見ていると「おい」と強い口調がげんこつする。
びくりと肩を震わせ、黒目を上に動かす。そこには腕組みをして仁王立ちをする少女の姿。
二つに結わいた黒髪と、勝ち気な目はどこか見覚えがある。
彼女の名前は、鬼塚あおい。
鬼塚あきらの妹である。
「やあ、あおい」
「おす、圭介。遊びに来てやったぞ」
「お、お姉ちゃんもいるのかな」
「おう。玲奈に頼まれて飯作りに来たんだ」
玲奈とは姉の名前だ。
春海玲奈。
まあ何だ。春海姉弟と鬼塚姉妹は、いわゆるご近所さんってやつで。
古い付き合いになる訳で。
「あおいが遊んでやるぞ」
「おままごとかな」
「馬になれ」