ブルーローズ ~私が死んだ理由~
 「ねぇ、悩み事はないの? ねぇ、言っちゃいなよ、言っちゃいなよぉ~」
 手の平だけの接触は、いつしか体全体への愛撫に変わり、隣に座って肩を抱き寄せたかと思うと、背後にまわって肩を揉み、時折、抱きついて体のラインをさすってくる。その手がどうにも怪しく、パーカーの襟元から中を覗かれてるような気がするが、へたに抵抗したら、背後から首を絞められそうで怖い。
 それでも、消えない自殺願望がこのまま殺されてもいいかなと一瞬思わせ、死の直前になって「しまった、ワキ毛の処理を忘れた。今日はまだ死ねないや」と、情けない理由で死を思いとどまるのであった。
 男の行為が、どんどんエスカレートしていく。最早、気のせいなんかではない。ついさっきまでパーカーの紐をいじっていた手が、今はハッキリと、胸から腹部にかけてをゆっくりさすっている。不意にその手が襟元から中に入り込んだ。
 案の定、助けを呼べない。
 私は冷静な判断で左腕を曲げると、両手をつかまれては抵抗出来ないと、右手はわざと体から離しておいた。そうして左腕1本で抵抗するうちに、男はようやく諦めたが、左胸の一部は触られてしまった。
 「ごめんね」
 男は繰り返し謝るが、
 「悩み事が聞きたくて、あんな事したんじゃないよ」
 その意味だけはわからない。
 「じゃぁ、またどこかで会ったら話しましょう」
 別れ際、男はそう言ったが、外出なんて滅多にないし、これっきり会う事もない…と思ったその時、私は重大なミスに気付いた。男は既に、私の自宅や電話番号を調べるのに十分な情報を手に入れている。この辺りで笹生姓は、我が家1件だけなのだ。
 無論、家出は中止。逃げるように家に帰ったら、何も知らない母は「外に出るのは良い事だ」と笑った。
< 87 / 128 >

この作品をシェア

pagetop