道摩の娘
 安倍保名(あべのやすな)が帰宅すると、庭では何やら剣呑な音が響いていた。…具体的に言うなら、雷鳴のような音、何かが砕ける音など。

 深く考えることをやめて家に上がると、目の前で墨染の狩衣に身を包んだ少年が頭を下げた。

 昨日息子が連れて来た少年である。身なりは貧しいが、その振る舞いはきっちりとしている。

 名前は…確か、りいと呼ばれていたような。

「お帰りなさいませ。…その…申し訳もございませぬ…!」

 突然謝られた。

「ああ、ただいま。…何を謝ってるんだ」

「いえ、その…うちの主人が…お庭を…」

 ちらっと庭の方角へ視線をやる。

「ああ…」

 保名も納得した。その瞬間生木が裂けるような音がして、りいの顔が真っ青になった。


「気にするなって。いつもの術比べだろう?いい庭の模様変えだ」

「いえ…ですが」

「なんだ、まだ何かあるのか」

「家中ですすり泣きが…!」

 保名はおや、と眉を上げた。

「君は見鬼の才があるのか」

「ええ…少し」

 りいは浮かない顔で答える。

「そうかい…悪いな、僕は見えんからわからないが…晴明は式神に家事をさせているからなあ。庭を壊されて悔しいんだろうよ」


 保名は平然と笑うが、彼の背後でも精霊と思しき子供が泣いている。

 庭ではまた大きな破裂音がした。

 りいは気が遠くなってきた。

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