道摩の娘
(え…!?)

 りいは目を疑った。

 確かに晴明は焔を操っているが、まだそれが直接万尋に攻撃を加えているわけではない。

 だというのに、万尋のこの苦悶の表情。

「う、ああああああっ」

 万尋の膝から力が抜けた。

 それを待っていたかのように、ぱちん、と音がして、晴明の焔が四散した。

 万尋は座り込んだまま動かない。


「せ、晴明っ!?何をした!」

「…心配しなくても、ただの幻術だから」

 晴明の言葉にほっとしたのも束の間、次の瞬間には万尋が跡形もなく消え失せた。

「え、ええっ!!」

 りいはまたもや悲鳴をあげる。

 そんなりいに、晴明はやや呆れたように言った。

「よく見てみなよ。それはただのよりしろ。本体はどこか…まあ、近くにはいるだろうけど」

 りいが恐る恐る万尋のいた場所に近づくと、晴明の言葉どおり、そこには紙で作った人形が落ちていた。

 よくよく見ると、ふやけてぼろぼろだ。

「逃げたんだか、よりしろが保たなくなったのか…りい、この人を川に投げ込んだんでしょう?…まあ、傷むよね、紙だもん」

 時間稼ぎのつもりが、実は一番効果的な攻撃を加えていたのだ。


「しかし、最初からよりしろだったとは思えないが…」

 りいに最初に攻撃してきた万尋は、よりしろとは思えないほどの…

 首を捻ると、ふと、戦いの初めの記憶がよみがえった。

 りいが呼吸をはかるために目を閉じた、あの時。

 あの時万尋が入れ替わったのだとすれば、刀を素手で掴んでも平然としていた説明もつく。

「うーん、俺、今までよりしろ使ってくる人には幻術が一番効くと思ってたんだけど…川に突っ込むってねえ。新しい」

 ひとり納得するりいの横で、晴明もまた深く頷いていた。

 
< 106 / 149 >

この作品をシェア

pagetop