道摩の娘
肆
かちゃん、と音がした。
その音で、りいは自分が箸を取り落としたのだと気付く。
だが、そんなことにはかまっていられない。
「真鯉殿。それは…それは、晴明の…」
「…ただの、昔話にございますわ」
真鯉は慈愛に溢れた笑みを見せた。
そのまま、真鯉はりいが落とした箸を拾い、手際よく食器を片付けて立ち上がる。
立ち去ろうとした真鯉を、りいは引き止めた。
「あのっ!…晴明は今、寮に…!?」
真鯉はにこりと微笑んだ。
「ええ」
今度こそ真鯉が立ち去り、りいは慌てて身を起こした。
寝間着を脱いで、色もよく見ずに衣をつかみとった。
何がこんなに自分を急き立てるのかわからなかったが、いてもたってもいられなかった。
藤影が小さく鳴いて、木札に戻った。
藤影の札を懐につっこみ、刀を差すと、りいは駆け出した。
人間からは奇異の目で見られ、あやかしからは憎悪される。
それは、…居場所がないも同じではないか。
人を喰ったような性格になるのも当然だ。
むしろまともに育ったほうだと言えよう。
『俺は一人で大丈夫』
いつかの、晴明の言葉が脳裏をよぎる。
晴明にとって、自分の正体は忌まわしいものかもしれない。
それを…それなのに、りいのために、本性をさらしたというのに。
(私は何を迷っていたんだ…!)
あの時の、晴明の泣き笑いのような表情が脳裏にちらつく。
それに、幼い晴明の姿が被って見えた。
必死に泣くのを堪えている、小さな晴明が。
行かねば、と思った。
晴明に、伝えなくては。
拒絶などしないと。
恐れなどしないと。
りいは無我夢中で安倍邸を飛び出した。
その音で、りいは自分が箸を取り落としたのだと気付く。
だが、そんなことにはかまっていられない。
「真鯉殿。それは…それは、晴明の…」
「…ただの、昔話にございますわ」
真鯉は慈愛に溢れた笑みを見せた。
そのまま、真鯉はりいが落とした箸を拾い、手際よく食器を片付けて立ち上がる。
立ち去ろうとした真鯉を、りいは引き止めた。
「あのっ!…晴明は今、寮に…!?」
真鯉はにこりと微笑んだ。
「ええ」
今度こそ真鯉が立ち去り、りいは慌てて身を起こした。
寝間着を脱いで、色もよく見ずに衣をつかみとった。
何がこんなに自分を急き立てるのかわからなかったが、いてもたってもいられなかった。
藤影が小さく鳴いて、木札に戻った。
藤影の札を懐につっこみ、刀を差すと、りいは駆け出した。
人間からは奇異の目で見られ、あやかしからは憎悪される。
それは、…居場所がないも同じではないか。
人を喰ったような性格になるのも当然だ。
むしろまともに育ったほうだと言えよう。
『俺は一人で大丈夫』
いつかの、晴明の言葉が脳裏をよぎる。
晴明にとって、自分の正体は忌まわしいものかもしれない。
それを…それなのに、りいのために、本性をさらしたというのに。
(私は何を迷っていたんだ…!)
あの時の、晴明の泣き笑いのような表情が脳裏にちらつく。
それに、幼い晴明の姿が被って見えた。
必死に泣くのを堪えている、小さな晴明が。
行かねば、と思った。
晴明に、伝えなくては。
拒絶などしないと。
恐れなどしないと。
りいは無我夢中で安倍邸を飛び出した。