道摩の娘
◆
一方、陰陽寮である。
賀茂保憲は、弟弟子を見やって苦笑した。
昨日衣をぼろぼろにして陰陽寮に帰ってきた晴明は、珍しいことに…そう、本当に珍しいことに、真剣に書類仕事に取り組んでいた。
何かから逃れようとするかのような打ち込みぶりである。
…何か、などと言っても、勿論保憲はことの次第を把握している。
「…明日は雪が降るな」
保憲の声に、晴明が虚ろな目を上げた。
「…なんですか」
「案外わかりやすいな、お前も」
「…なんですか!」
晴明が苛立った声で繰り返した。
表情がそぎ落とされた秀麗な顔が不機嫌そうな雰囲気を醸し出し、見慣れぬ者なら悲鳴をあげて逃げ出しそうな有り様である。
にも関わらず、保憲はあろうことか吹き出した。
「拒絶されたか」
「…いえ、でも…」
はっと言葉を詰まらせる晴明に、保憲はまた笑みを深めた。
「…怖くなって逃げてきたのだろう」
「…っ」
恨みがましい目付き。
などという形容が似つかわしい、晴明の表情である。
「少しは信じてやったらどうだ」
「兄さんは知らないんです。それで…裏切られることを」
どこか遠い目をして言う晴明の頭を…
保憲は手にした書類で軽くはたいた。
「ちょっと…保憲兄さん!?」
「お前は…そうやって臆病になっていたら、手に入るものまで無くしてしまうぞ」
行動とは裏腹に、その瞳は優しい。
晴明は黙りこんだ。
「…さて、今のは兄代わりとしての助言だったが…」
保憲が晴明の仕上げた書類をつまみ上げる。
「…お前、やればできるのだな?上司としてはお前の怠け癖のほうがよほど手に負えん」
その言葉に、晴明が思いきり顔をしかめた。
「嫌い、なんですっ!」
…その時。
遠くから、足音が近付いてきた。
一方、陰陽寮である。
賀茂保憲は、弟弟子を見やって苦笑した。
昨日衣をぼろぼろにして陰陽寮に帰ってきた晴明は、珍しいことに…そう、本当に珍しいことに、真剣に書類仕事に取り組んでいた。
何かから逃れようとするかのような打ち込みぶりである。
…何か、などと言っても、勿論保憲はことの次第を把握している。
「…明日は雪が降るな」
保憲の声に、晴明が虚ろな目を上げた。
「…なんですか」
「案外わかりやすいな、お前も」
「…なんですか!」
晴明が苛立った声で繰り返した。
表情がそぎ落とされた秀麗な顔が不機嫌そうな雰囲気を醸し出し、見慣れぬ者なら悲鳴をあげて逃げ出しそうな有り様である。
にも関わらず、保憲はあろうことか吹き出した。
「拒絶されたか」
「…いえ、でも…」
はっと言葉を詰まらせる晴明に、保憲はまた笑みを深めた。
「…怖くなって逃げてきたのだろう」
「…っ」
恨みがましい目付き。
などという形容が似つかわしい、晴明の表情である。
「少しは信じてやったらどうだ」
「兄さんは知らないんです。それで…裏切られることを」
どこか遠い目をして言う晴明の頭を…
保憲は手にした書類で軽くはたいた。
「ちょっと…保憲兄さん!?」
「お前は…そうやって臆病になっていたら、手に入るものまで無くしてしまうぞ」
行動とは裏腹に、その瞳は優しい。
晴明は黙りこんだ。
「…さて、今のは兄代わりとしての助言だったが…」
保憲が晴明の仕上げた書類をつまみ上げる。
「…お前、やればできるのだな?上司としてはお前の怠け癖のほうがよほど手に負えん」
その言葉に、晴明が思いきり顔をしかめた。
「嫌い、なんですっ!」
…その時。
遠くから、足音が近付いてきた。