道摩の娘
 りいは無心に陰陽寮を目指した。

 刀を掴み目をぎらつかせたりいの様子を、すれ違う官人たちがぎょっとしたように見ているが、幸い咎め立てはなかった。

 以前の記憶のおかげで、建物までは迷わずたどりつく。

 そして、その辺を歩いていた陰陽師を捕まえる。

「安倍晴明はどこですッ」

 哀れな陰陽師は、ひっ、とひきつった声を上げつつも、陰陽寮の一室を示した。


 りいは何の躊躇いもなく陰陽寮に踏み込んだ。

 ずかずかと廊を突き進む。

 普段ならばそんなとんでもないことはできないが、今は気にならなかった。


「――晴明!」


 振り向いた晴明は絶句して、突然現れたりいを見つめるしかできない。

 よく見てみれば、その部屋には保憲もいて…なぜか、小さく笑っていた。

 だがとりあえずは晴明である。

 りいはきっ、と晴明を見据えた。


「りい、なんで…」

 晴明がかすれた声で呟いて、目を逸らした。

 その態度に、彼の受けた傷を思い…同時に、何故か腹が立ってきた。


 りいは、晴明に詰め寄った。肩に手をかけて、無理矢理こちらを向かせる。

「晴明!あのなっ…」

 …と、そこまで言ったとき、りいはとんでもないことに気付いた。


 ―――何を言えばいいのか、わからない。

 真鯉の話を聞いて、いてもたってもおれずに飛び出してきたが…

 自分が何を伝えたいのかすら、考えていなかった。

(ば、莫迦か、私は…っ)

 内心焦るが、晴明の肩を押さえつけた手はもはやどうにもならない。


「…あの…だから…つまり」

 勢いこんでみたものの、 次の言葉がどうしても出てこない。

 口ごもるりいを、晴明はどこか冷めた目で見ていた。

 あの時のように。

「りい…別に、気にしなくていいから。受け入れて貰えるなんて、思ってないし」

 晴明がどこか投げ遣りに言った。

< 115 / 149 >

この作品をシェア

pagetop