道摩の娘
「莫迦に…するなっ!」

 りいは思いきり頭を反らした。

 ごん、という鈍い音がして頭と頭がぶつかるが、りいは止まらない。

 咄嗟に反応が遅れた晴明に、足払いをかける。

 そのまま晴明を地面に引き倒して押さえ込んだ。


「ちゃんと私の目を見ろ!私の話を聞けえっ!!」

 晴明に怒鳴る。

 りいはもう、迷わない。


「さっきからなんだお前は!私がお前を拒絶すると決めつけて!」

 ちらりと見るとありがたいことに保憲が野次馬を追い返していた。これで気兼ねはいらない。


「私を拒絶しているのはお前だろう!!」


 そう。それがこの苛立ちの正体。

 人当たりのよい笑顔を浮かべながら、りいには決して自分の内側に踏み込ませない。感情をあらわにすることもない。

 それを――拒絶と言わずして何と言う?

 晴明がはっと目を見開いた。

「そんなこと…」

「黙れ!いいか、私はお前を拒絶などしない、絶対に」

 晴明はただただ黙っている。

「何回も私を助けてくれただろう。道満様が亡くなったときも、そばにいてくれただろう。お前が人間だろうと妖狐だろうと…お前はいいやつだ。確かに、知った時は驚いたが、そんなことはどうでもいい」

 りいは込み上げそうになった涙を必死に飲み込んで続ける。

「お前が私のために本性を現してくれたことくらい、わかっている。…もっと、私を信用しろ」

 ゆっくりと、拳を握った。


「この、莫迦」

 先程の決意どおり、晴明の頬をとらえた拳は、

 …とても、良い音を立てた。

「…いたいよ」

 晴明が呟く。

 その頬の上を、一筋涙が滑った。

「そうだ、痛いだろう。私もお前も同じだ。…それだけだ」

 りいはにっと笑って赤くなった拳を見せ、晴明の上から身を起こした。

 晴明も苦笑しながら起き上がる。

「まさか、りいに説教されるなんてね」
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