道摩の娘
 月の明るい夜だ。

 保名が酔い潰れてしまい、道満は手酌で呑み続けていた。

 まわりには酒瓶が散乱している。すでに相当な量を呑んでいると見えた。

 もう何杯目かしれぬ酒を注ごうとして―動きを止める。二三度瓶を振った。

 …どうやら酒がなくなったらしい。

 瓶を放り投げて、緩慢な動作で立ち上がった。

 すかさず、その辺に控えていた晴明の式神たちが散らかった酒瓶を片付け出す。便利なものである。


「…ああ、父上ったら、また」

 ふいに、背後からぼやきが聞こえた。

 いつの間にか、まがまがしいほどの美貌の少年が立っていた。

 ぐっすりと眠りこけている保名を見て、ため息をつく。

「おお、すまんな、小僧」

「いえ…いつものことですから。もう発たれるんですか」

「…少しばかり、急ぐんでな」

 道満は庭に飛び降りる。


「久々に会えてよかったよ。少し背が伸びたんじゃねえか?」

 それを聞いて晴明は嬉しそうに笑った。年相応の明るい表情である。

「…珍しいですね、道満殿がそんなことをおっしゃるなんて」

「次に会う時は『蘆屋道満』じゃねえからな。…次があればだが」

「代替わり…ですか」

 晴明がすっと表情を引き締めた。

 そもそも『蘆屋道満』は個人名ではない。

 道摩の一族を束ねる者に受け継がれてきた名である。

「ああ…ちとごたついてるんでな。…穏便には済まねえだろう」

 言葉の割に道満の表情に気負いはない。

「…そのこと、りいには」

「言うんじゃねえぞ」

「…知らせないんですか」

「酷なこと聞かすんじゃねえ」

 晴明は眉をひそめる。

「…それはそれで酷ではございませんか」

 道満は答えない。ただ、ふっ、と笑った。

 いつもの皮肉な笑みではなく、慈愛にも近い笑み。


「利花を頼んだ」

 その言葉を最後に、道満は去って行った。

「ご無事で…」

 晴明は届かないと知りつつ呟いた。
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