道摩の娘
「俺、夜回りの当番なんだけど、一緒に来る?」

 晴明のその誘いを受けて、りいは即座に頷いた。

 一人ここに取り残されるのも本意でないし、陰陽師としての晴明の働きに興味がないといえば嘘になる。

「…まあ、今日は暇だと思うけどね。散歩だと思って」



 そして、しばし後。

 朱雀大路には、墨染に身を包んだ二人の姿があった。

 先導する灯りは、晴明が術で生み出した火の玉である。

「…静かだな」

 りいの呟きのとおり、時折犬の遠吠えや、どこぞの貴族が手慰みに奏でる筝の音が響く以外は、全くもって平和な夜だった。

 とくに珍しくもないはずの小鬼にすら出会わない。

「拍子抜け?」

 晴明が冗談めかして言う。

「いや…何もないに越したことはないが」

「俺も特に変な気配は感じない。最近は…万尋さんとかが幅をきかせてるから、あやかしたちも大人しいんじゃないか」

 確かにその意見には頷けた。

(ん…?だが)

 それが何かはわからないが、どこかに違和感を感じて、りいは首を傾げる。

 その様子をどうとったか、晴明はくすりと笑って、

「胆試しがしたいなら、右京のほうに行く?あやかしはいなくても、野盗退治ができるかもしれない」 

「…あのなあ」


 そんな会話をしているうちに、もう安倍邸の近くである。

(そういえば…超子様は不安がっていらっしゃらないだろうか)

 りいは、近くにいるはずの姫を案じる。

 晴明は大丈夫だというが、超子はまだそれを知らない。

(伝えるにしても、なあ…)

 あなたの妹は大丈夫だと、晴明が言っています、ではあんまりだ。

 りいは、小さく唸りながら、藤原邸を凝視する。


 と、その時。

 塀のあたりに、何か動くものが見えた。
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