道摩の娘
「…ッ!」

 りいは素早く刀に手をやる。

 晴明も気配に気付いたようで、符を構えた。

 (藤影が気付かなかった…?妖気もないし…あやかしでは、ないのか…?)

 思案を巡らせながらも、りいは警戒を怠らない。

 と、背後から晴明の腕がのびた。りいを路地裏に引きずり込む。

「なにをっ」

 咄嗟に抗議するが、てのひらで塞がれてしまう。

 もごもごと文句を言うりいの耳元に、晴明が囁いた。

(静かに…様子を見よう)

 晴明が小声で文言を唱え、二人の気配を隠した。


 十代も半ばを過ぎた二人が狭い路地に身を隠したまま様子を伺うのは、至難の技である。

(…晴明っ、息が苦しい)

 りいの不満ももっともで、二人の体勢は、晴明がりいを引っ張りこんだまま。晴明が片手でりいの口を塞いで動けないのである。

(ごめん、我慢して)

 晴明のほうもなかなか無理がある姿勢である。声が若干苦しそうだ。 

 身動ぎした拍子に、晴明の下ろし髪が頬を掠めた。

 くすぐったさに顔を動かすと、すぐ横、触れそうなほど近くに晴明の顔がある。

 感嘆するほどに長い睫毛まではっきり見える。

(…!)


 一瞬で、状況を理解した。

 まるで、これは。後ろから抱き締められているような。

 いったん意識し出すと、晴明の息遣いや体温が異常に気になる。

 全身の血液が沸騰するかのような感覚。

(…近い、近いっ)

 なぜ自分がこれほど動揺しているのかもわからないが、激しい脈拍が伝わっているのではないかと思うと、顔が上げられない。

 そんなりいに気付いているのかいないのか、晴明もなにも言わなかった。

 気まずい沈黙が落ちる。


 あと数秒でもこの状態が続いたら目を回して倒れてしまう、というとき。

 塀を乗り越えて、姿を現したものがあった。 
< 137 / 149 >

この作品をシェア

pagetop