道摩の娘
 藤影が、ひどく騒いだ。

 りいは息を呑む。

 目を疑った。

 もはや先程までの浮わついた気分は地に落ち、替わって激しい混乱がりいを襲った。冷や汗が頬を伝う。


 人影は、こちらに気付かない。身軽に塀から飛び降りた。

 動きを止めたりいを抱えたまま、晴明が路地から飛び出した。 

 指先に数枚の符。火精の紋様が描かれている。

 晴明はそのまま指先をしならせ、符を飛ばそうとする。

 放たれた符は、つっと空中を滑り、焔を上げて、人影を取り囲む…はずだった。


「…っ、やめろっ」

「りい!?」

 放心していたりいが、突然晴明の腕に飛び付いた。りいの素早さに加え、もともと密着していたため、晴明はそれをかわしきれない。

 自分の、晴明の、立場など考えている暇はなかった。とにかく、止めなければ。

「やめてくれ、晴明っ…!あれは!」

 とにかく動きを封じるため、ほぼ晴明に抱きつくような形になりながら、振り向く。

 すでに遠ざかり始めていた人影も、その瞬間、振り向いた。

 目が合う。お互い、信じられない、といった表情で。 

(頼みます、はやく、逃げて――!)


 その顔。表情。身のこなし。間違いないことを知って、膝から力が抜けていく。

 りいはほとんど悲鳴のような声をあげた。

「あれは、一碧様なんだ――!」
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