道摩の娘
 深夜とはいえ、陰陽寮の名を出せば、すぐに門は開いた。

 先日も応対に出た佐藤という老爺が駆け寄ってくる。

「これは…安倍殿に、蘆屋殿。いかがなされましたかな?」

 このような夜更けに突然陰陽師が訪ねてくれば当然だが、その表情には困惑と不安が色濃い。他の家人も同様だ。

 晴明は優雅な微笑みを浮かべて、淀みなく説明する。

「先程、この界隈を見回っておりましたところ、藤原様のお邸から何やらあやしげな影が出ていくところを見ました。現在私の式が追跡しておりますが、お邸には何か変わったことはございませんでしょうか」

 流石、と言いたくなる、理想的な陰陽師ぶりだった。

 晴明の言葉に、集まった家人がざわめく。

「本当なのか?全く気付かなかった」

「安倍殿がおっしゃるのだぞ」

「姫様は…」

 一気に騒ぎだす家人たちを、佐藤が一喝した。

「お客人の前ですぞ、控えなされ!…して安倍殿、その影とはあやかしでしょうか?それともただの盗人…」

「…あやかしではございません。妖気も感じませんでしたし、このお邸には、我等が結界を施しています。ですが…術で気配を隠していたところを見ると、恐らくは術師かと」

 術師、と聞いたところで、佐藤の穏和な表情が引き締まった。

「誰ぞ、姫様のご様子を見に行きなさい…私はお館様にこの旨を伝えに行く。残りのものはお二方をもてなしておれ」

 きびきびと指示を飛ばす。

 それに応えて、数名の女房が駆け出した。佐藤も軽く一礼して、邸の奥へと向かう。

 突如として慌ただしくなる様子を尻目に、晴明は鋭い視線を庭にやった。意識を集中させて、気配を探っている。

 ふと、晴明が軽く目を見開いた。それから、にい、と口の端がつりあがる。

「…なるほど」

「晴明?」

 完全に取り残されたりいは声をかけるが、晴明は答えない。

 ふいに、こちらを向き直ったかと思うと、またもわからぬことを言った。

「りい、お手柄だよ」

「は?」

 途方にくれるりいの前で、晴明はあの得体の知れない笑みを浮かべていた。
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