道摩の娘
 袖を掴んでいたのは、幼い子供だった。

 りいも術師の端くれである。一見しただけで、精霊とわかった。

 晴明が屋敷で使っているという式神であろうか。

 子供はりいににこっと笑いかけた。


「お姉ちゃん」


 りいは息を呑んだ。

「私…か」

「うん、お兄ちゃんみたいな格好してるけどお姉ちゃんでしょ?」

 …お見通し、ということか。

「…ああ。利花という」

 別段隠し立てしているわけではないのであっさり頷く。

 幼い頃から旅を続けてきて、気付いたらこうなっていた。

 旅をする上で少女より少年と見られたほうが何かと都合がいい。何より動きやすい。

 まあ、固い口調は生来の性格によるものかもしれないが。


「利花お姉?」

「ああ…お前の主にはりいと呼ばれているが」

「ふーん。じゃありいお姉。おいら庭の松の木。松汰(まつた)って呼んで」

 朗らかな松汰につられてりいも微笑した。


「りいお姉おいら達のこと見える人でしょ?だから挨拶しとこうと思って」

 自然界の精霊はそのままでは常人の目にはうつらない。

 力が非常に強いものや、術によって実体を得たものは誰にでも姿が見えるが、それは数少ない例外である。

「嬉しいなあ。保名のおっちゃんは見えない人だし晴明お兄はあんまりかまってくれないし、おいら寂しかったんだあ」

 抱き着いてくる松汰。なんというか…かわいい。

 りいは頬をゆるめて松汰の頭を撫でた。


「これ松汰、あまりりいさんを困らせるものではありませんよ」

 唐突に、後ろからたおやかな声がした。

「真鯉(まり)お姉!」

 松汰が声を上げた。

 鮮やかな衣に身を包んだ美女が立っている。

「驚かせて申し訳ありません。わたくしは真鯉と申します。池の鯉の精です」

「あ、どうも…利花です」

 真鯉は品良く笑いをこぼした。

「ええ、存じております。主様が珍しくもお客人を連れていらしたと、我らの間でもちょっとした騒ぎになっておりました。…皆がご挨拶したいと申しております」


 微笑む真鯉の背後には、何体もの精霊が佇んでいた。
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