道摩の娘
 改めて、安倍邸は大変な家だった。

 そこかしこにいる晴明の式神である精霊たち。

 名前を覚えるだけで一苦労である。

 軒並みりいに好意的であったのは嬉しかったが。


「ええと…松汰だろう、真鯉殿だろう、あやめ殿、紅樹(こうじゅ)殿…」

「あとねえ、櫻木(さくらぎ)に、佳橘(かきつ)に、颯(ふう)に夕立(ゆうだち)!」

 庭に面した縁に腰掛けて、松汰に名前を教えてもらう。

「ああ…すまぬ、中々覚えられぬな…」

「仕方ないよー、そのうち覚えるって!」

 松汰が明るい笑い声を弾けさせる。

 いい子だなあと和んでいると、懐で何か動く気配がした。式神の藤影だ。自分も外に出たくなったのかもしれない。


「…?りいお姉も何か連れてるの?」

 松汰が身を乗り出してくる。

「おいら会ってみたいなあ」

 りいは苦笑して、木の札を取り出した。

「藤影っ、出ておいで!」

 札はつっと宙を滑り、姿を変えた。

 札をよりしろに顕現したのは、一羽の鳥。肩に乗るくらいの大きさだが、鷹や隼など猛禽のような見かけをしている。りいが幼いころからともにいる式神である。

 藤影は幾度か旋回すると、りいの肩に舞い降りた。久しぶり、とでも言うように、りいの髪を軽く啄む。

 松汰は目を真ん丸にして見ていた。

「鳥の霊魂…だよね?ねえこの子怖くない?おいらのことつつかない?」

「そんなことはしない。藤影は賢いんだ。なあ?」

 藤影は当然、とばかりに一声鳴いて、松汰にちょこんと頭を下げてみせた。

「うっわああ!すごい!ねえねえ、おいらも触っていい?」

 松汰は大興奮である。

 藤影がその肩に飛び移った。松汰は恐る恐る手を伸ばし、羽毛に触れた。

 松汰と藤影が仲良く触れ合うのを、りいは目を細めて眺めていた。
< 16 / 149 >

この作品をシェア

pagetop