道摩の娘
 晴明は何が楽しいのか、からからと笑い出した。

「りいって本当面白い」

「ほっとけ」

 ますます不機嫌になるりい。

 すると晴明はぴたりと笑いを止めて手を伸ばした。

「狩衣、歪んでる」

 そのまま襟を直された。先程慌てて着付けたから歪んでいたのだろう。…まあどうせすぐ脱いで寝るのだが。

 目の前に晴明の無駄に整った顔が近付く。

 なぜか正視できなくて目を逸らした。

「…りい」

「な、何」

 自分でも可笑しいほど声が震えた。

「…眉間の皺、癖になるよ?」

 …ぐい。

 と、眉間を押された。


「さっさと出てけーッ!!」

 怒り狂ったりいが晴明を叩き出すのにさほど時間はかからなかった。

 楽しげな笑い声が遠ざかっていく。

 りいは脱力してずるずると座り込んだ。

 本当に調子の狂う奴だ。





 折角だからと、擦り切れた墨染の狩衣はやめて、昨夜晴明が持ってきた狩衣に袖を通す。

 着てみるとものが良いとよくわかる。これ一着でいつもの墨染の何着分だろうと考え…虚しくなってやめた。


「…似合ってるけどさ、なんで君はこのうららかに照れる春日にそんな鈍色なわけ」

 晴明が呆れたように言う。

 結局華やかな色を着る勇気は出ずに、鈍色という読んで字のごとく鈍い灰色を着ているのだ。

 対する晴明はといえば、柳の狩衣に髪をまとめて立烏帽子。今朝も完璧な少年官人である。

「私はお前みたいに綺麗な色は似合わないんだ」

「そんなことないんだけどなあ…」

 仏頂面になるりいに苦笑して、晴明は出仕していった。


(…また言えなかった)

 りいは小さくため息をついた。

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