道摩の娘
「…藤影、一体どうした」

 藤影は今はすでに落ち着いている。

「何か感じたのだな?」

 りいが問い掛けた。

 藤影は小さく鳴き声を上げて肯定した。

「…今は感じないのか」

 また肯定。

「術師か、あやかしか、そんなところか」

 この問いにも肯定がかえってくる。


 りいは小さく嘆息した。籠を下ろす。

 自分が何をできるかわからないが、一人の術師として放ってはおけない。市で惨事を起こさせるわけにはいかないのだ。

「行くぞ、藤影」

 踵を返して走り出そうとするりいを藤影がつついて止めた。

「何故止める?…何?もういない…のか?」

 藤影は身振りでもう市からは何も感じないと伝えてくる。

 藤影が感じないとなるとりいには手の施しようがない。

 りいは唇を噛んだ。





 安倍邸に戻ると、すぐに中から真鯉が駆け出してきた。

「お帰りなさいませ。ありがとうございます、りいさん。…お疲れではありませんか?」

「大丈夫です。買い物はこれで間違いないでしょうか」

 真鯉が籠を覗き、微笑んだ。

「ええ!よい石斑魚です。りいさんは買い物上手ですね」

 魚の精霊のくせに魚を調理するという、どこかおかしな話である。

 …真鯉は何も気にしていないようににこにこしているが。

 ふと思い付いて聞いてみた。

「これまで買い物に行かれていたのは真鯉殿ですか?」

「ええ…そうですけれど」

「…市で、あやかしの気配など感じたことは」

 真鯉は即座に首を振った。

「まさか。考えられません」

「そう、ですか…」

「…もしかして、今日そのようなことがあったのですか?申し訳ありません、やはりお客人をお使いになんて…」

 話が妙な方向に進み出した。

 心配してくれるのはいいが、また暇人に逆戻りはごめんである。

「い、いいえ!ただ少し思っただけですから!本当に!!」

 りいは慌てて否定した。
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